江戸時代くらいから、今の様に立春の前の日2月3日だけが節分として特化したようですね。まぁ色んな意味で翌2月4日は一年の始まりとされますから、特に大きな節目ではあります。
豆撒きは、もちろん悪霊払いの儀式なんですが、これも元は中国から来たようです。平安京の宮中行事が、民間に下降して広まるってお馴染みのパターンです。季節の変わり目には邪が宿るってんで、そいつを追っ払うための豆撒きですな。まいた豆は数え年の数だけ食べると無病息災でいられるなどと云われますが、じゃあ、なんで大豆なのか。
大豆は豆類では一番生産量が多く世界中で2億t近くも栽培されてまして、日本はそのうち500万tほどを輸入してるんですけど、世界に広まった時期はあまり古くはないんです。戦後アメリカが栽培を始めたのがきっかけです。用途は油脂原料とかが大部分で直食はほんの僅か。そのあおりをくって、日本の大豆生産は一時激減しましたが、食糧自給率アップの努力で少しだけ国産も持ち直してはきました。
5千年も前に中国で栽培されていたといわれる大豆は、東アジアがルーツだと考えてもいいでしょう。特に日本では格別なじみが深い食物でした。古事記にも五穀のひとつとして書かれるほど、食べ物として古い歴史がある。
時々思うんですよ、和食を和食たらしめている物は、大豆なんじゃないかって。味噌、醤油、豆腐、納豆、それらを土台にした料理は数えきれません。さらに最近じゃ豆乳だイソフラボンだって別の面からからも人気もの。
つまりね、正真正銘の「国民食」なんですよ。大豆ってのは。
日本人との関わりは古く深いんですね。昔の日本人にとっては「塩」に準ずるほどの重要な品物であったのかもしれません。とすれば、邪気(鬼)を追い払う儀式に使われて当然と言えるのかも。
正直近年は豆撒きしてませんねぇおいら達も。子供の頃は楽しみだったんですよ、節分が。撒かれた豆を集め、さらにフライパンでチリチリに炒って食べ、余りをオモチャの鉄砲の弾にする。それが終われば、人の集まる寺社に出かける。浅草の寺社が当然多いんですが、芝の増上寺まで行ったりもしました。一度京都の八坂神社の豆撒きに行ってみたかったんですが、不思議と縁がありませんでした。浅草でも芸者さんが豆撒くんですが、やっぱり祇園さんで豆を撒く舞妓さんの艶姿を見てみたかったですねぇ。
さて、みなさんは豆撒きの豆をその後どうしていますかね。
炒ってあっても色々な料理にできるんですよ。洗えば何も問題ありません。
おいらも色々作ってみたんですが、一番記憶に残った料理を書いておきましょう。
大豆巻繊摺り流し仕立て
けんちん(巻繊)はご存知豆腐の汁。具沢山で豚汁に近い庶民的な椀物。
すりながし(摺り流し)とは裏漉しした材料を当り鉢で当りながら出汁でのばす汁もので、味噌仕立てと清まし仕立てがあります。これを大豆でやるわけで、「とも」になりますな。すりながしは実よりも汁が主体の汁で、けんちんは実が主体の汁。これをあわせます。まかない料理になる様に具沢山で、精進ではありませんので、鶏豚魚も入れるいわばミニ鍋でして、まだまだ寒い立春あたりにはちょうどいい按配。
1洗いふやかしてさらに湯がいた撒き豆を裏漉して当ります。このとき酒でゆるめた酒粕を少量加えてさらに擂ります。
2のばす出汁は鰹出汁とチキンブイヨン。
3厚揚げ、里芋、鶏肉、豚肉、ゴボウ、コンニャク、ニンジン、大根、茸、竹の子(カニやエビや貝、なんでも可)等は別鍋に薄味で仕立てておきます。
4沸いていない状態で静かに合わせます。味は塩、酒、醤油が基本。
5味噌仕立てが好みならこの後味噌を加えます。
6極弱火にしたまま30分ほどおいておけば完成。
7ネギかミョウガか三つ葉などをのせて頂きます。
節分の夜に、ふぅふぅ言いながら熱々のこの椀を家族で召し上がりますと、体が芯から温まりますよ。家族の笑顔を見てこう思いなさるでしょう。 「残り豆には福がある」


















