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2009年07月01日

板前の我儘酒

アル中じゃないんで、飲まない日も結構あります。
特に読みたい本がある時などはまったく飲みません。

しかしね、大人の一日ってのは疲れるもんですよ誰でも。
飲まなきゃやってられないって気分にもなります。
芯に残る疲れをほぐす為に酒は欠かせるもんじゃありません。

仕事上で成功しても祝杯をあげる
失敗してもヤケ酒を飲む
誰かを好きになっても飲む
恋路がうまく運んでも、進展しなくても飲む
失恋しても飲む

結局のところ人は呑むもんです。

女性は何故だか過ぎ去った(終わった)男を想ったりしないそうですが(間違いだったらスンマセン)、ヤロウってのは昔好きだったひとを忘れる事が出来ないもんです。

盃に浮かぶ誰かの顔、そいつ呑みほして凍てついた心を溶かしてやる。裂けた心の疵から噴出そうとする鮮血を止める。
それが酒の飲み方かもしれませんねぇ。


おいらは何故か顔が「濃い目」らしく(自分で分かりゃしませんそんなもん)、九州・沖縄地方の出身だと言われる事があり、そのせいか向こうの知り合いが沢山できました。それであちらの酒を頂戴する事がよくあります。

芋焼酎ではかなりイケルらしい。
ネーミングは「魔王」を彷彿させますけども、「魔界へのいざない」とは言いえて妙です。面白い。飲んでみます。
魔界への誘い
焼酎はチマチマした洒落たグラスより、ざっくりした大きな器の方が味がよく分かります。

感想を書くのはやめときましょう。

アテ(酒肴)も用意しました。
金山時味噌と白ウリです。
金山時味噌と白ウリ
(ウリは裏に庖丁を入れてあり、箸で切れます)

そしてさつま揚げと『くさや』
くさや.さつま揚


「くさや」は美味いですなぁ。
元々は捨てるのがもったいなくて使い回した塩水(塩は貴重品だった)が「くさや汁」になったと云いますが、この味はある意味で日本食の原点ですよ。数百年物の汁もあります。もし伊豆に何かあって汁を失ったらどうなるか心配にすらなる。
コハダと同じく焼くと『死体を焼いてる臭い』がしますので、街の人間はなかなか焼く事ができないもんですが、焼いてほぐし身にしたのが売られているのはありがたい。


それにしてもうめぇなぁ、ちきちょうめっ(笑
くさや
タグ:酒の飲み方




posted by 魚山人 at 22:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | 庖丁稼業 | 魚山

2009年06月05日

魚板前の偏屈舌

ワイン

ワインってのはだいたいにしてあまりの不味さに吃驚仰天、一瞬にして料理の味を全てぶち壊してしまい、そいつを真顔で薦めてくれたソムリエが宇宙人に見えたりするもんです。もう向こうに行ってくれって感じですな。それでもさらにしつこくすすめるソムリエもいて、ぶっとばしたくなったりしますが。
この種のやろうどもはいったいどうやってソムリエ資格を取得したのか、試験の基準はどうなってんだと言いたくなる。
この手合いは商売に重きをおくビストロに多い様ですなどうも。この種の店ではグラスワインを頼んではいけませんよ。ぼったくられます。
オードブルが出る前の付け出し(アミューズグール)の段階でシェフの気合いとソムリエの程度が分かりますんで、アペリテェフの後は耳を貸さないことです。

その反面呆然とするほど美味いワインがありますが、そんなもんはまぁお安くはない。メチャクチャな味の差がワインの面白さかもしれませんがね。
ボトルが小売価格の3倍くらいまでの値段設定ならばマトモなレストランだと考えてよいでしょう。自分が知っている奴をボトルで頼みましょう。

檄辛

自分が知っている範囲内ではトンガラシ好きの板前は皆無です。
檄辛ブームなんてのがありましたが、冗談じゃねぇってんだ。
真っ赤なスープのラーメンなどを見るとゾッとします。
(ひそかに食っている若い板前もいたようですが信じ難い)

キムチは旨いと思うが国産のキムチ(一般的市販品)は大嫌いです。
トンガラシと添加物の液に野菜を漬けただけですんで。
韓国産とは別の食べ物。

病的脂

全身トロとかいう最近の養殖マグロ。
30〜40キロのサイズしかないのに卸してみたら白っぽい脂だらけ。
こんなもんまだガキですよマグロとしては。
早熟もいいとこ、気持ち悪いってんだ。成長ホルモンかって。
おいらの好きな赤身が殆ど無いんでキレてしまいます(笑)

座るなり「トロ!」ってくるこまっしゃくれたガキばかりのご時勢。
「板さん、赤身下さい」って子供さんにゃ思わずサービスしたくなったりして。だって可愛いもの、その方が。ついでに親御さんの好感度もアップします。

でもねカラスガレイのエンガワと同じ事。
回転覘くとエンガワとトロが飛ぶように売れてる。
最近の人はこの方が美味しいらしい。
なんでこんなに脂が好まれるご時勢なんでしょうねぇ。
牛肉の影響もあるでしょうな。ファストの隆盛と時期が重なるし。

以前アメリカ人の料理専門家とこんな会話をしました。

おいら
「日本の霜降り牛を網焼きにしてガイジンさんに食わせてみた。自信満々で、こんな牛はおたくの国にはないだろうって感じでね。なにしろ箸で肉がちょん切れる。凄いだろうって事。そのガイジンさんは目を丸くして驚いたって話があるが」

アメリカ人
「驚いたんじゃなくて、あまりのバカバカしさに声が出なかったんだよ」

味以前

名人の腕を持つ鮨屋は少なくありません。
素晴らしい品を出してるところは自然に耳に入ってきます。
おいらは自分の目で確かめないと駄目なタチですから出かけます。
以前こんな事がありました。
お土産の箱寿司が評判の店。店に入ると美味そうなモンを食べてるお客さんの膳をチラリ。「こいつは間違いない。良い仕事してるよ」
ところがトイレに立つふりして奥の厨房を覘いてみましたらね、主人らしき職人が箱を圧してるわけ。その手元に光る物をおいらは見逃しませんでした。結婚指輪をはめたまんま仕事をしている。洋食のコックでもあるまいに、直手の鮨屋がそんな事しちゃいけません。
おいらは注文をキャンセルし、とっとと店を出ました。
他にも手に絆創膏をした板が出てくる店でも即座に席を立って帰ります。

食事の楽しみ

子供の時間ってのは一日が短く感じるもの。
しかし日々が楽しいから一週間単位の経過が遅く感じる。

その反対に大人は一日が長い。
なのに一週間単位はあっという間に過ぎる。

これは要するに仕事が楽しくて楽しくて仕方ないって大人はほどんど存在しないって事でしょうな。時計の針が進まない気がするのが普通で、ガキの放課後でもあるまいし、あっという間に時間が過ぎるって人は少ないはず。大人と子供では時間の密度が異なるわけですよ。
つまり多かれ少なかれ仕事は苦痛に感じるもので、芯から楽しいものではないが、義務として続けないわけにはいかないってことになりましょうね。

そんなのは何かの楽しみがなきゃとてもじゃねぇがやってらんない。
それが仕事が終わった後の一杯であり、美味いメシだったりする方が多いはずです。それが人としての楽しみですよ。

ところが料理人はその楽しみを楽しめない不幸な人間が多い。
一種の職業病でしょうな。メシが美味く感じないんですよ。
分かやすく言いますと鮨職人は仕事上がりに寿司屋に行かないって事。朝から晩までいじくってるモンを食う気にはなりません。
ですんで簡単な家庭食は食っても、手の込んだ料理を食いたいとは思わない人が多いわけです。

おいらの場合はどうかと言いますと、日常的には作って食わせる家庭食が楽しみって事になります。大メシ喰らいの実験台が存在するんで多幸とすべきでしょう(笑)

それでもたまに猛烈に自分で食べたくなる時がないわけではありません。
そんな時はママゴトの様な小さい器を並べます。その器に自分の好きなものだけを少なくとも10種類くらい作って盛ります。
チリメンに大量のおろし大根とか、メカブ納豆とか、豆乳寒天とか、大豆とヒジキの浸し煮とか、割り干し大根の刺身とか、コンニャク芋の晒しトロロとか、クサヤとタラコの海苔巻きとか、シジミの味噌汁とか、ウロコと骨の煎餅とか、キンメの目玉の燻製とか、ハモの骨と笛の清汁とか、アユ鰭や鮭鱗の陰干しとか、豆腐容とか、サバ頭の大和汁とか、牛蒡のぶっ叩きとか、まぁそういったものです。この一年の間一日一食しか食べていませんので、これだけ種類があればママゴト器でも満腹します。

こうしたものを家庭で少量ずつ作るのは板前とて簡単ではありません。
上に挙げた品の中にはハモの骨とかキンメの目玉とか実際には家庭では不可能に近いものもあります。そのへんが和食料理人の特典ですな。板前の仕事をしていてよかったと感ずる場面です。

ハモの骨汁
鱧骨汁
陰干しにして炙って風味を出し、臭みを押さえたハモ骨で作った濃い味の酒清まし汁。
賄い用に作ったのを少しかっぱらって(笑)持ち帰りです。




posted by 魚山人 at 14:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | 庖丁稼業 | 魚山

2009年05月29日

自黙客口

板前という職業はお客様と向き合う場面が多くなるケースがあります。
ケースと言いましたのは形態によっては厨房のみでの仕事で終える板も沢山いるからでして、カウンターを備えている店に限られるからですね。
食事のみで酒は飲まないという方はあまりおりません。たいがいはお客同士で語らい、会話を肴にして飲まれるので板前は料理や酒に配慮していればいいのですが、板も会話に引きこまれる事も稀ではありません。

当然ですがお客の年齢や職業は様々。
したがいまして話の内容は多岐に亘るものです。

あらゆる分野の知識を備えておきたいもの。って言いたいところですが、そんな必要は無いと申しましょう。そもそもそれは無理な相談ですし、不自然に背伸びする事はありません。分からないものは「分かりません」とした方が人間的に自然だというもんです。

ところが人というのは酒が入りますと熱くなりがち。
ヒートアップして止まらなくなる場合も多い。

先日ある分野で名の高いお客さんが次第に熱くなり、テンションがアップしてとまらなくなってしまいましたのですが、その内容の骨子は以下の通り。

>庵野監督は碇シンジと葛城ミサトの成長譚だと語っているが、この物語の鍵はアスカと綾波レイの存在にある。特に核心は綾波レイだね。この二人の少女のキャラを正反対にしている事が綾波レイを一層際立たせている。永井豪のバイオレンスジャックやデビルマンの世界観を踏襲し破綻しているストーリーは宮崎駿など多くの業界人の不評を浴びた。しかしストーリーそのものよりも、おそらくは圧倒的な隠れファンを持つ綾波レイの存在が新世紀エヴァンゲリオンの問題点なんだ。<

確かこの方は50歳を超えているはず・・・・・・・

おいら達は仮面ライダー世代。アニメでもアトムから鉄人28号の系譜から宇宙戦艦ヤマト・ガンダムときて最近の攻殻機動隊までの流れをおおまかに知らないわけではありません。しかしあくまで「おおまか」であって細部は知りません。他にすべき事が山の様にありましたので、全部を観ていられるわけがない。新世紀エヴァンゲリオンの流行期は特に仕事その他が忙しい時期でもあり、まぁ要するに観ていません。概略くらいは知ってますけどね。

つまり上の話はまったく「みえない」わけですよ。
なのに何故固有名詞などをここに書けるほど憶えているかと言えば、それは職業柄の記憶術があるからです。それにまったく知らぬ話でもないし興味がゼロってわけでもありませんからね。
「主人公ではない綾波レイという少女がエヴァファンに与えた影響は社会的とも言える。なぜなら綾波レイは日本の男の理想型であるからだ。歪んだね。」
という話はかなり興味深くはあります。

興味深くはあっても自分の考えは口にしません。
言いたい事があればこのブログにでも書けばいい。

お客さんが喋っている時、話の腰を折ってはいけません。
意見や自己主張は話を引き出す「あいの手」に留める。
延々と口を開けば主客転倒になるからです。

話を引き出す。そこに主眼をおきます。
話したい人は内部に充満しているものがある。それを吐露させる。
その話の内容が自分の知らぬ分野であって、その事に無知だと看破された場合に相手は口を閉ざす可能性がありますが、それをカバーする方法もあります。
「言ってる事が理解できる」「興味がある」「黙って聞く」という意思表示をする事です。それが「あいの手」になりましょうかね。

なぜそうまでして話をさせなきゃいけないのか。
もちろん料理人としてはいらぬ配慮です。しかし接客サービス業として、あるいは人間として、「相手に気分良くなって欲しい」という単純な動機ですよ。
鬱屈したものを吐き出すと人は気持ちが晴れる。料理、酒の味わいも変化するし、気分良く店を出れます。

当然ですが黙っていたい人からまで話を引き出すのは僭越。
そんな事する必要はまったくないです。




posted by 魚山人 at 17:59 | Comment(4) | TrackBack(0) | 庖丁稼業 | 魚山

2009年05月15日

「おまかせ」と「おすすめ」 鮨屋のホンネ

例えば白木のカウンターのみでネタケースも無い、種はせいぜい十数種しかないが、どれもこれもしっかり目利きした旬の厳選素材を丁寧に手を抜かずきっちり仕込んだものを、あとは握るばかりにしてネタ箱に並べサラシを被せて保冷してある。シャリも人間の口腔温度になっている。
そんな店ならば「おまかせ」も「おすすめ」もありません。黙って店主の技を堪能すればよい。こちらから何か言う必要などまったくない。
こちらの食べ具合を見ながら絶妙のタイミングで極上の寿司を握って出してくれますし、〆る楽しみをお客に譲る為に満腹する7〜8分目くらいで手を止めてくれます。そのときに何か一品二品食べたい物を言えばいい。
そもそもその店主が薦めたいネタ以外は置いていないし、それ以外の余計な寿司なんぞハナっから無いからです。

しかしまぁこんな店ははっきりいって「超高級鮨店」だけですし、こんなところにたびたび行けるもんじゃありませんね普通は。
一般的には「そこそこの鮨屋」に行くことになります。そして普通の寿司店は「お品書き」があるものです。ちゃんとメニューってもんがある。

にも関わらず必ずこんな客がどこの店にでも現れます。
「適当にみつくろってくれ」
所謂「板さんにおまかせ」ってやつです。自分から好みを注文しない。
その板と顔馴染みなら別段なんでもない事なんですが、初対面の板前にでもこれを言う人が必ずいるんです。
もしあなたがこのタイプならばこの行動は考え直した方がよいでしょう。

筋の通ったまっとうな板前なら対応に苦慮して困る事になる。
商売っ気のあるはしっこい板なら内心ぼったくれるチャンスとばかりほくそ笑む。「鴨が葱背負ってるよ」

どちらにしても板前にとっては迷惑な客でしかないのです。
親方一人で静かにやってる小さな店でやる事であって、何人もの客をさばかなきゃいけない雇われ板がバタバタしてる様な店でそんな事する「場違い」さに気付かなきゃいけません。


外食店での「おすすめ」には二通りの意味が込められているものです。
一つは料理人が自信を持って作った自慢の品。
もう一つは「ちゃんダネ潰し」。
※〈ちゃん〉とはアニキの事。アニキ(兄貴)とは仕入れた日付けがいってる食材で日付の若い食材はオトウト(弟)。
要するに正反対の意味があるわけで、「おすすめ」をどちらをの意味で使っているかで我々はその店の姿勢や品格がたちどころに分かります。

勿論商売ですから仕入れた食材はロスする事なくすべて売り切らないと帳面が狂ってきます。しかしアニキなんて言葉がある様に、食品というのは時間が経ちますと値打ちが低下し最後は腐って使えなくなります。
腕のある板前はそうなる前に〈付け出し〉などで一品に変身させて使い切ってしまうものですが、ぼやぼやしてると品質は低下していきます。そうなってから安価なランチ、最後はスパイシーな揚物やどぎつい煮物にして売ってしまえってのが「おすすめ」だったりするわけです。

現実問題として今の寿司屋は「本当のおすすめ」と「さばいてしまいたいオススメ」、この二つの間を行ったり来たりしながら板前が腕をふるっている状態です。どこに傾くかは板前次第でしょう。

本来は薦められる料理しか置いてないのが当たり前で、そうでなきゃ鮨屋の看板をあげる必要もない。つまりわざわざ「おすすめ」をアピールするのは考えてみれば変な話なんですよ。悪習慣かも知れません。
しかしながらそれが出来るのは最初に紹介した超高級店くらいのもので、実際には理想論にすぎません。

鮨屋に行ったら「おまかせ」は禁句だし、できれば「おすすめ」など置いていない店がいいですよって話です。
自分が食べたい鮨を、食べたい順番に注文すればいいのです。




posted by 魚山人 at 06:33 | Comment(4) | TrackBack(0) | 庖丁稼業 | 魚山

2009年05月11日

虎の威よりも個人の尊厳

個人店というのは気苦労が付きものですが、その反面この形態で良かったと思える事も少なくありません。

例えば企業形態のお店みたいにマニュアルに則って「外食・接客のセオリー」って奴を必ずしも遵守する必要が無い。どこまでも我慢することはないってわけです。


都内で商っておりますと所謂「有名人」「偉いさん」って人種が来店しなくもありません。さらには「マスコミ業界のひと」も加える必要がありましょうね、なんでかよくわかりませんが。

おいらはこの方々に対して「特別扱い」ってやつをしませんし、できません。「特別扱いして欲しいんでしたらVIPルームを備えたお店に行っておくんなさい」、と思ってるからというとそうではなく、勘違いを助長させない為の老婆心、つまりその人にたいする思いやりからです。

大概の方は頭の回転が早く、こちらの意図を察するものです。
しかしやはりまぁ、おりますね。特別扱いされなきゃ我慢できないってのが。忙しい時なんか来た順番ってのが絶対で、誰であろうと割り込みなんてのはさせません。誰であろうとです。しかしこの扱いにカチンとくる人もいる訳ですよ先の人種の方々の中には。

こうした時のタチの悪さはヤクザ者より悪い。背景(バック)のみに依存して虚勢を張るその姿はヤクザ以下のさらに以下。最低ですね。一個人としての尊厳も誇りもあったもんじゃねぇ。

そうした客には敷居をまたがせない。
こんな事も個人店だからこその即断即決の一例です。




posted by 魚山人 at 16:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | 庖丁稼業 | 魚山