2014年11月19日

最後の武士が去る

ネットで語るような性質ではない
個人的にはそう思っています。
なので長々と書くことはしませんが、記録的な意味で記事を残しておくべきだろうと、そういう動機により「健さん」の訃報を記しておきます。

高倉健という俳優については、詳しい人々が書いているでしょうし、自分などがうまく描写できる筈もないので、省略します。


特筆しておきたいのは一つだけです。
健さんは「日本人の良い面(美点)を体現できる最後の日本人」だったという点です。

醜さの欠片もない誠実な武将。
それが「役者としての演技」だったとしても、そんな事を生涯演じきれる才能というのは、「本当にそんな人間だったから」こそ持ち得たのであり、他の誰がそんな演技をできるというのか。

誰が演じても、人間の「さもしさ」や「いやらしさ」が露呈し、必ずボロが出るでしょう。
唯一それができた人が健さんだったと思います。



最後の日本人がこの国からいなくなった。
最後の支柱(よりどころ)が折れてしまった。

そういう喪失感を強く感じています。


残るのは何か。
言い訳ばかりを並べ立て、他人を責めて自己を正当化し、前に進もうとはしない、「新しい日本人」だけではないのか。

余計な言い訳をせず、寡黙に黙々とやるべきことをやり、それでも誠実さが相手に伝わり信頼される。そんな「健さん的日本人」は消滅したのでないか。


そうではないと思いたい。
しかし、今のこの国の、どこに健さんのような人間がいるのかと。



「本物の日本のオヤジ」が、”悪性リンパ腫”で逝ったというのも、何かを暗示しているような気がしてしまいます。


合掌



posted by 魚山人 at 09:56 | Comment(3) | 手前 板前 男前 | 更新情報をチェックする